今年も自律神経がバグる季節がやってきた!
さあ,今年も秋がやってきましたね.
誰が何と言おうと秋がやってきました.間違いなく秋です.
夏が終わって急に冬になったとか言ってる人もチラホラ見受けられますが,今は間違いなく秋です.
セーターとか着ちゃってますが,十中八九秋です.
「鱈 スーパー いつ並ぶ」とか検索履歴にありますが,おそらく秋でしょう.
秋.それはフォールでオータムでビトウィーン夏アンド冬な季節.
世間では,「スポーツの秋」「読書の秋」「食欲の秋」などと言われているようですが,私からしてみればそんなものは到底納得のいくものではない.
「バグ自律神経の秋」だろが!
森羅万象有象無象,この世で最も秋らしいもの.
自律神経のバグだろが!
松茸?栗?紅葉だ?
うるせえな.私の中の”秋天秤”は常に「バグ自律神経」に傾いている.
バグ自律神経の皿に曙が座っている.
私の自律神経は曙だ.
とにもかくにも,ロンTを引っ張り出す時期から私の自律神経は徐々に狂い始める.
つま先がキンキンに冷え散らかしている.
なんなら執筆している今も冷えすぎている.ムカつく.
こんなことを言うとNOT冷え性の輩は「厚手の靴下履けば?」などとほざくが,その程度の対策で冷え性が治まっていれば,冷え性なんて言葉は生まれない.そんな事態は名称目録的世界観が許さない.
そもそも論,靴下を履こうが何をしようが,内部から冷えているためどうしようもないのだ.
いくら城壁を強化しても,内乱には対処できないのだ.
あれだけ強固なウォールマリアをもってしても,ベルトルト・フーバーは壁内で暴れるのだ.
私の自律神経はベルトルト・フーバーだ.
そんな無茶苦茶な自律神経に対し,怒るわけでもなく冷静に"対処"を毎年施している.
"対処"とは「当帰芍薬散」をアホかというほど服用することだ.
「当帰芍薬散」とは漢方薬のことで,ラベルの効能欄にはありとあらゆる体の不調が列挙されている.アンミカの資格検定欄みたいだ.
そんな当帰芍薬散をがぶ飲みしている.
しかし,この当帰芍薬散を飲んだからと言って即時冷え性が治るのかと言えばそんなことはまるでない.
アセチルサリチル酸のような化学力にものを言わせ,数時間~数日で効果てきめんな即効薬ではない.継続的に飲まなければ効果なんてものは当然発揮しない.
「なら継続的に飲めばよいではないか」という意見が散見されるが,それは無理なのだ.
なぜか?
答えはシンプルである.
「不味いくせに多い」
これに尽きる.最悪の飛車角落ちである.
漢方薬は総じて不味いのだ.
それはそれは不味いのだ.
「不味い」なんて言葉では形容できない.「不味い」よりももっと程度の強い感覚.
不不不味い(ブブマズイ)とかにしましょう.
当帰芍薬散の成分表示を見たことありますか?
これなんですけど
漢字では
当帰,川芎,芍薬,茯苓,蒼朮,沢瀉
と書くようです.
ちなみにどんな見た目かご紹介すると上から
根,茎,根,デカ根,茎,デカ茎
です.
なにそれ.狂った岡本信人の食卓?
しかも「当帰芍薬散」を名乗っておきながら,トウキに関しては他より少ない.なぜマイノリティ成分が主役を飾っているんだ.あのボーボボでさえ主人公はボーボボだぞ.
冠する名として不十分すぎる.トウキはどんな気持ちなんだ.キャプテンなのにサードコーチャーの奴かよ.
話を戻すが,とにかく漢方薬とりわけ当帰芍薬散は不不不味いのだ.
そら根茎をパサパサに乾燥させてボコボコに砕いてギチギチに固めた錠剤が美味いわけがない.
そして漢方薬の服用量は多いのだ.
それもこれも自然由来の為,化学的な医薬品と比べて量で補填しなければならない.
しかし,1日12錠は多い.私はまだ二十歳だ.冷え性を除けば健康体そのものなのだ.
飲みたくても飲めない.意思と行動の統制が取れていない.その均衡を崩すものこそ不不不味さである.
「美味くもない.すぐ効かない.そのくせ量は一丁前.」
そんな印象を抱きながら,終盤の絵具バケツみたいな色の薬をスムーズに体内に取り込めるほど出来た人間でない.
そして私も普通の大学生である.友人と飯くらい食う.
食間に談笑を止めてまで飲むようなものでもない気がしちゃう.
なら,私は自律神経に対して手も足も出ないのかと言われれば,それは違う.
応急処置的な対策は存在する.
直接熱エネルギーをぶち込む方法である.
私の自律神経ことベルトルト・曙・フーバーに和平を持ちかけるのが漢方薬だとすれば,この方法はベルトルト・曙・フーバーをぶん殴る手段といえる.開戦の合図である.この手段をとったが最後,50m級の曙と戦うのは必至なのだ.
直接熱エネルギーをぶち込む方法は大きく分けて
・足元用の電気カーペットを使う
・風呂場で足湯につかる.
この2つとなる.
前者の手法は最も私が多用するものであるが,ほとんどの場合これを実施することで快方へと向かう.しかし,極端に冷えが激しい場合などには人体にバグが発生する.
それは「冷えた足から汗が出る」というものである.
つま先は間違いなく冷えているし,それに対してカーペットは間違いなく熱を送っている.しかし,そのエネルギーが自律神経まで行き渡らず,汗の放出に使用されている(気がする)のだ.気が付けばキンキンでビショビショの足が完成されている.浸透圧で否応なく水分を搾り取られている漬物の気分だ.
ちなみにコタツでも同様の現象がみられる.
そういった事態が発生して初めて後者の手段にフェーズを移行させる.
ここまで来ればもう何も言うまいよ.黙って湯船のへりに座って足が温まるのを待つだけなのだ.ヴォイニッチ手稿にこんな奴がいた気がする.
以上のように,自分の体なのにもかかわらず,毎年毎年翻弄されている.
自分の体は自分が一番よくわかっているとはよく言ったものだ.私は私の体が何もわからない.完全にブラックボックス化している.
ちなみにガチの最終手段としてアルコールがある.これは夥しい量の日本酒をぶち込むことで全身を火照らせ,冷えを緩和する方法である.また,この方法は自身を酩酊~泥酔状態まで追い込むことによって"冷え"という感覚ごと麻痺させる目的もある.
しかし,そんなことを実行してはいけないし,次の日に響くアルデヒドの猛威は想像に難くない.計画だけが宙ぶらりんの状態で,実現に至ったことはない.
さっきまで漢方を飲んでいた奴が急に「ええい!日本酒だ!グビグビ…」なんてしてみろ.好々爺と酒乱の多重人格と疑われても文句は言えない.
おそらくこの計画を実行するときは私が心身ともに本格的にダメになるときだろう.
結論に入るが,結局は当帰芍薬散を継続して飲めば良いが,不味いし多いしで難儀しているわけなのだ.それの対策として,無理やり冷えにダイレクトアタックしている.
しかしこれも根本的な問題は何も解決されておらず,身体の奥深くに根差した自律神経を狂わす元凶を取り除くまでには到底及んでいない.
そう,危険思想を持ち,解体されたはずの宗教団体の分派が今現在も身を潜めているように.
私の身に危険思想という名のバグが蔓延るのもそう遠くない未来である.